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ミンククジラ筋肉由来線維芽細胞の無限分裂化 ―海獣類の進化学、代謝経路の解明に貢献―

掲載日2023.12.19
最新研究

理工学部 化学?生命理工学科 生命コース
教授 福田 智一
細胞工学?分子遺伝学

概要

岩手大学、日本鯨類研究所、早稲田大学、京都大学、国立がん研究センターからなる研究グループは、ミンククジラ筋肉由来線維芽細胞に遺伝子導入を行うことで、細胞の無限分裂化を行いました。同グループは遺伝子導入により細胞の老化を克服し、細胞の増殖スピードも改善することができました。また、樹立した細胞株に次世代シークエンス技術を用いて、野生型細胞との発現遺伝子の比較や細胞種の同定も果たしました。クジラはその巨体から生体飼育による研究が困難なことに加えて、体細胞の衰弱が他の哺乳類と比較しても著しく早いため、長期間の培養に不向きとされています。本研究は、クジラの細胞を用いた培養実験や細胞応答の観察を容易にし、研究の題材としてクジラを普及させる一助となることが期待されます。
本研究は365体育网址5年12月12日にwiley社の国際的学術誌Advanced Biologyにて公開されました。

研究成果のポイント

  • ミンククジラ筋肉由来線維芽細胞に遺伝子導入を行い、新たな細胞株を樹立しました。樹立した細胞株は細胞老化、細胞分裂停止を克服しました。
  • 各細胞株で発現している遺伝子を次世代シークエンスを用いて解析し、発現遺伝子を比較しました。また、各遺伝子導入細胞において特異的に変化が現れた遺伝子の抽出により、各細胞の相違点を明らかにしました。

背景

クジラは生物の中でも最大級の体長を持つことで知られています。遺伝的には偶蹄目に近いことがわかっていますが、そこから現在のように巨大化するまでの進化の過程は未だ不明となっています。また、クジラは独特の代謝経路を持っており、長時間の潜水に耐える特殊な機能をもっていますが詳細は不明です。クジラ特有の進化、代謝の経路について明らかにすることで進化学的、分子細胞生物学的な理解の深まりが期待されています。一方で、クジラは生体の状態では実験室での飼育が困難であるうえに、環境保護の観点から細胞、血液サンプルを採取する機会も貴重になっています。これによりクジラは研究の題材としては非常に扱いづらい動物であるという課題点がありました。

研究内容?研究成果

本研究では、ミンククジラ筋肉由来線維芽細胞にヒト由来変異型CDK4、CyclinD1、TERT(以下K4DT)を導入することでK4DT細胞株を樹立しました。遺伝子導入の結果、細胞老化の克服や細胞分裂の促進が確認されました。
これにより、K4DTの導入によってミンククジラ筋肉由来線維芽細胞の無限分裂化に成功したと考えられます。

図1 Population doublingの結果:野生型細胞(parental cell)は1回の継代で細胞分裂が停止した一方で、K4DT細胞はPD値100を超えても細胞の分裂、増殖が確認できる

無限分裂化の手法として、SV40遺伝子を導入する方法も知られています。クジラの筋肉由来線維芽細胞の無限分裂化においてK4DTとSV40の優位性や差異を調べるために次世代シークエンス技術を用いて全遺伝子の発現の網羅的解析を行いました。
主成分分析では、K4DT細胞株、SV40細胞株、遺伝子導入処理を行なっていない野生型細胞株における遺伝子発現パターンの比較を行いました。この結果は同じ無限分裂という結果をもたらすK4DTとSV40において導入する遺伝子の差によって発現遺伝子パターンに差異が生まれることを示しました。

図2 主成分分析:ドット間の距離が近いほど遺伝子の発現パターンが一致する K4DTと野生型のグループ間の距離と、SV40と野生型のグループ間の距離はほぼ同じであることからK4DT導入細胞株とSV40導入細胞株で異なる遺伝子発現パターンを有する細胞株が樹立されたことを示唆している

また、野生型株との発現遺伝子比較においてK4DT株特異的に変動した遺伝子、SV40株特異的に変動した遺伝子をリストアップし、DAVIDを用いてPathway解析を行いました。その結果、K4DT株あるいはSV40株特異的に変動があった代謝経路を明らかにしました。

図3 K4DT特異的に遺伝子発現量に変化があった遺伝子および代謝経路:RASやPI3Kなど細胞増殖を制御する遺伝子において遺伝子発現量の増加が確認される
図4 SV40特異的に遺伝子発現量に変化があった遺伝子および代謝経路:K4DTとは異なりこちらは細胞膜の融合、切り離しを調整する遺伝子における発現量の変動が確認された

今後の展開

ミンククジラの体細胞を無限分裂化させた事例は本研究が初であり、研究題材として取り上げられにくいクジラという種に対する新たなアプローチの方法が展開されることに期待できます。また、同じ無限分裂の手法であるK4DTとSV40を使用した時に現れる遺伝子発現量の変化について明らかにした本研究は細胞周期の進化における保存性の理解に貢献することが期待されます。
また、本研究の内容は鯨と海の科学館30周年の節目となる企画展の展示として紹介されました。今後も常設展示として設置されます。本展示によって今後も岩手県と山田町への学びの発展、貢献が期待されます。

掲載論文

題目

Characterization of common minke whale (Balaenoptera acutorostrata) cell lines immortalized with the expression of cell cycle regulators

著者

関根 彩 岩手大学大学院総合科学研究科 修士課程2年
安永 玄太 日本鯨類研究所 資源生物部門 環境化学チーム長
隈本 宗一郎 早稲田大学先進理工学部 講師
藤林 奏羽 岩手大学大学院総合科学研究科 修士課程2年
Izzah Munirah 岩手大学大学院総合科学研究科 修士課程2年
白 蘭蘭 岩手大学理工学部化学?生命理工学科 助教
谷 哲弥 近畿大学農学部 講師
菅野 江里子 岩手大学理工学部化学?生命理工学科 准教授
富田 浩史 岩手大学理工学部化学?生命理工学科 教授
尾崎 拓 岩手大学理工学部化学?生命理工学科 准教授
清野 透 (国研)国立がん研究センター先端医療開発センター プロジェクトリーダー
村山 美穂 京都大学野生動物研究センター 教授
福田 智一 岩手大学理工学部化学?生命理工学科 教授

誌名

Advanced Biology

公表日

2023年12月12日

URL

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38087887/

DOI

10.1002/adbi.202300227